子どもに好きなスポーツを見つけてあげたい。そう願う親御さんは多いでしょう。そこで、トップアスリートたちに、いつどんなきっかけでそのスポーツを始めたのか、親は何をしてくれたのかなどをリトルアスリートクラブ代表トレーナー遠山健太がインタビュー。
今回は、元モーグル選手の切久保達也さんの登場です。後編では、指導者として、親としての切久保さんの思いに迫ります。
競技をやめたあとモーグル指導者の道へ。ジュニアアスリートの指導を精力的に行う
遠山:指導者になったのはどのタイミングでしょうか?
切久保さん:僕はモーグルで長野五輪出場を目指しましたが、結局、その夢はかないませんでした。そのあと、どのタイミングでやめようか考えていたんです。
ちょうどそのころ、長野五輪の影響でモーグルをする子が増え、長野県だけでも30人以上のジュニア選手がいるのに指導者がいないという状況だったんです。そこで僕に話が来ました。でも、まだ完全に選手をやめる気持ちはなかったので、プレイングコーチとして大会も少し出ながら指導もすることになりました。
でも、実は、指導するのはイヤイヤだったんです。自分でやっておきながらなんですが、モーグルをやるやつなんて悪いやつに違いないなんて、勝手に決めつけて思ってましたから(笑)。実際は違いましたけどね。
遠山:そのとき指導者の道に入ったのですね。
切久保さん:はい。ただ、コーチになったときはいろいろ悩みました。教える子の半分は「モーグルをやりたい」と、東京、神奈川、静岡、山梨、京都など遠方から、長野県の高校にわざわざ編入していますから、「練習がつらいからやめます」という結果にはしたくないと思ったんです。
それで、最初からガッチガチにやるのはやめ、礼儀などは後回しにしました。まず教えたのは全体的な流れです。わかりやすくいうと、練習はどう行われるのか、試合当日はどんな準備があり、試合会場に着いたら何をしなくてはいけないのか、といった「キホンのキ」です。子どもたちは何もわからないですから。
遠山:子どもたちも変わっていきましたか?
切久保さん:少しずつ意識は変わっていきましたね。少し落ち着いてきたところで、「車で移動するときは率先して荷物を積み込むんだよ」など少しずつ挨拶や礼儀、ルールなどを植え付けつつ、練習もちょっとずつハードにしていきました。
かなり抑えたつもりでしたが、やっぱり、練習がハードだったんでしょうね。高校3年間は続けてくれましたが、半分くらいの子はそれ以上、競技を続ける選択はしませんでした。

遠山:世界で活躍した選手もいましたよね?
切久保さん:益川雄選手、上野修選手、西伸幸選手…。益川雄選手はオリンピックには出場していないですけど、元全日本ナショナルチーム所属で冬季アジア大会で金メダル。今は神田でそば店の社長をやっていて、よくマスコミにも取り上げられています。けっこう有名人ですよね。上野修選手はトリノ五輪に、西伸幸選手はバンクーバーから3大会連続で五輪に出ました。僕はトップアスリートを育てようとは思っていなかったんですけど、のちにそういう選手も出てきました。
遠山:そのときの指導法は、選手時代、カナダで学んだものがベースですか?
切久保さん:そうです。世界チャンピョンを育てたコーチから教わった技術とフィジカルトレーニング、そして僕の経験とのミックスです。
遠山:切久保さんとは、トリノ五輪前の モーグルの代表チームの合宿であったのが初めてですよね。僕はフィジカルトレーナーとして参加していましたが、切久保さんはジュニア選手担当のコーチでした。当時、モーグルではエアの難易度を上げようとしている選手が多いなか、切久保さんはターンの重要性を説いて、 スキーの技術をしっかり磨くべきという語っていたのが印象的でした。その指導方針から、僕たちが考えるトレーニング内容もスキーの技術レベルを上げられるような種目を多く取り入れたのをよく覚えています。

子どもにはさまざまなスポーツ体験をさせ、多様な選択肢を与えた
遠山:自分のお子さんにはスキーをしてほしいと思っていたのですか?
切久保さん:子どもは3人いるんですが、小さいときはみんなスキーをしていました。とはいえ、やってほしいと思っていたわけでもないんです。長女はうまかったんですけど、あまり運動が好きではなかったみたいで、中学生になってやめました。下の二人は男、女なんですけど、続けていますね。
遠山:お子さんはスキー以外のスポーツもしていたんですか?
切久保さん:はい。白馬は小さい村なんですが、元Jリーガーと元zooのメンバーがいるため、サッカーとダンスがダントツの人気です。今はスキー、スノボーじゃないんです。うちの子も冬はジュニアのスキークラブに入れていたんですけど、夏の間、息子はランポリンとサッカー、娘はトランポリンとダンスをやっていました。
遠山:トランポリンはどういうところで?
切久保さん:白馬にはもともとトランポリンをやっていて、エアリアル(空中演技を競うスキーのフリースタイル競技の1つ)に転向し、公開競技で五輪に出た方もいるんです。その方のトランポリン教室に、運動神経の発達にいいということで通わせていました。
遠山:それは親が選んでやらせていたんです?
切久保さん:そうです。スキーの練習の中にもトランポリンがあったので、当たり前の感覚でした。ジュニアオリンピックも出させて、あわよくばトランポリンでなんとかならないかな、と(笑)。なんせ、スキーは一番お金がかかるので。
遠山:スキーは遠征も多いですしね。
切久保さん:そうなんです。だからトランポリンかサッカーでいければと思って(笑)。
遠山:子どもたちはいつくらいに決めたんですか? スキーをやるって。
切久保さん:小学生のころはみんな、いろんなスポーツをやっています。中学2年生くらいで学校側からある程度スポーツを絞ってスペシャリスト化してほしいという要望がくる。ダンスやサッカーをやりたいと言うのかと思っていたら、「スキーをしたい」と言うので驚きましたね。
遠山:スキーというのはアルペンですか?
切久保さん:はい。息子にはジャンプもやらせましたし、モーグルの試合も出させましたし、トランポリンとサッカーの大会も。ジャンプは、ジャンプスキーを履いて中学生が飛ぶようなジャンプ台まで飛んでるんですよ。けっこういけるなって感じまでいっていて、「ジャンプどうだ?」という話にもなったこともあります。けれど、息子が選んだのはアルペンスキーです。
YOUTUBEで滑りを分析して、細部にわたって技術面をフォロー
遠山:今、お子さんにスキーの指導はするんですか?
切久保さん:クラブがしっかりしていてコーチもいるので、そこに出ていくことはあまりないですね。けれど、コーチが練習風景をYOUTUBEにあげてくれるので、パソコンで気になるところのスクリーンショットを撮り、連続写真にして子どものLINEに送ります。写真3枚くらいに対して分析と解説付きで。
遠山:滑りの修正ポイントを教えるということですね?
切久保さん:そうですね。ほめるところはほめますし、修正したほうがいいところは分析して解説。これは日常的ですね。この間もオーストリア合宿に行っていたんですが、そのときの合宿の映像も全部、スクリーンショットして送り、「相変わらず、ここが変わっていない」など分析。自分の息子と娘なのでわりとキツめに。「ここがよくなれば、こうなるというふうになる」、「このターンはこういう理由で良かった」などとコメントをつけます。現場のコーチはトレーニングやコンディションニングはしっかりやってくれますが、技術面はそんなに細かく言わないので、そこをフォローする感じです。言葉だけで伝わらない場合は、僕もスキーを履いて一緒に滑ることもあります。
あと、親の役割はお金を出すことですね(笑)。

遠山:白馬は今でもスキーをする環境が整っているんですよね?
切久保さん:それがそうでもないんです。北海道のニセコまではいかないですけど、外国からのお客さまが増えすぎてしまって。これから八方を中心に三ツ星ホテルの建設ラッシュが始まるんです。
スキー競技のほうは、クラブとしては整っているんですが、物価が上がりすぎていて、日本の人がスキーを楽しむ感じではなくなっているんです。昔は冬の時期だけ、小学生を迎え入れてスキーをするというのが当たり前だったんですが、泊まるところがなくてそれができない。今、白馬でスキー競技をする子が少ないので、遠方から来てもらわないといけないんですけれど、それが難しくなっています。
競技をいつまで続けるか、その後どうするかも視野に入れて
遠山:お子さんとの夢はありますか?
切久保さん:やるからにはいい成績をとってほしいと思います。夢としては五輪出場ですかね。
一番こわいのは中途半端に強いこと。やめられなくなるということがありますから。
僕は自身の競技人生に対して、全体的な後悔はないんですけど、今冷静に思うと、社会人になってからモーグルなんてやっている場合じゃなかったんだよな、と思うことはあります。実家の旅館を継いでいますが、諸先輩方の中には引退後、ビジネスで成功している人もいますから…。
子どもたちが大人になったとき、社会状況がどうなっているかもわからないですし、そう考えると、だらだらと競技人生を続けるのもよくないと思っています。強いなら強いで先が見えますが、そうでない場合は、別で生きていく道を見つけてもらわないといけないので。その部分だけは強く言っていこうと思っています。
遠山:競技後の人生も考えるということですよね?
切久保さん:そうですね。指導者としては、教え子たちに関してもどんな人生を歩んでいくのか、心配なところでもあるんです。意外とみんながんばっていて、そういう意味ではほっとしています。
ビジネスの世界で結果を出している子もいますし、医者になった子もいますしね。医者になったのは双子なんですけど、兄のほうは整形外科医になり、弟のほうは医者をやりながらまだモーグルを続けているんです。スピードスケートの小平奈緒選手が所属する相澤病院ってありますよね。あそこの整形外科医なんです。
いや、なんといっても、自分の子どもが一番心配ですけどね(笑)。
前編はこちら↓↓↓
【元モーグル選手 切久保達也さん-前編-】絶妙なタイミングで環境が整って さまざまなスキー競技に挑戦できた!